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東京高等裁判所 平成8年(行ケ)236号 判決

東京都江東区亀戸2丁目25番14号

原告

翼システム株式会社

代表者代表取締役

道川研一

訴訟代理人弁護士

宮下佳之

小岩井雅行

同弁理士

遠山勉

松倉秀美

訴訟復代理人弁護士

高橋美智留

兵庫県西宮市大井手町8番12号

被告

井上勲

訴訟代理人弁護士

松村信夫

同弁理士

西教圭一郎

廣瀬峰太郎

竹内三喜夫

岸本忠昭

主文

1  特許庁が平成7年審判第17313号事件について平成8年9月6日にした審決を取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第1  当事者の求めた裁判

1  原告

主文同旨

2  被告

(1)  原告の請求を棄却する。

(2)  訴訟費用は原告の負担とする。

第2  請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

被告は、発明の名称を「事故車の修理費用計算装置」とする特許第1920800号の発明(平成元年8月12日出願、平成6年6月22日出願公告、平成7年4月7日設定登録。以下「本件発明」という。)の特許権者である。

原告は、平成7年8月11日本件発明について無効審判を請求し、特許庁は、同請求を平成7年審判第17313号事件として審理した上、平成8年9月6日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本は平成8年9月24日原告に送達された。

2  本件発明の要旨

(a)記録媒体1であって、

自動車の複数の各車種毎に、前部損傷の複数段階に分けられた各損傷範囲および後部損傷の複数段階に分けられた各損傷範囲に属する修理作業を実行する際に必要となる対象となり得る複数の部位と、

各部位に属する複数の作業項目と、

各作業項目毎の作業指数と、

各作業項目に属する部品の外形を示すイラスト図面と、そのイラスト図面で表される部品のコード番号と、コード番号に対応した部品名称と、

各部品の金額とをストアする記録媒体1と、

(b)記録媒体1のストア内容を読取る読取手段2と、

(c)表示手段4と、

(d)記録紙に印字する印字手段5と、

(e)入力手段6と、

(f)処理回路3であって、

読取手段2の出力と入力手段6の出力とに応答し、

入力手段6によって選択して入力された車種の修理すべき損傷範囲を表示手段4に表示させ、

入力手段6によって選択して入力された1つの損傷範囲の複数の部位を表示手段4に表示させ、

入力手段6によって選択して入力された部位における複数の作業項目を表示手段4に表示させ、

入力手段6によって選択して入力された作業項目に属する部品の外形を示すイラスト図面と、そのイラスト図面で表される部品を識別するコード番号と、コード番号に対応した部品名称とを表示手段4に表示させるとともに、

前記選択して入力された作業項目毎の作業指数と予め設定された作業指数の単位に対応する金額との積を算出して作業項目毎の金額を求め、

その算出された作業項目毎の作業指数または作業金額と、選択して入力された各部品の金額とを、表示手段4によって表示させるとともに、印字手段5によって、算出された作業項目毎の作業金額と、選択して入力された部品名称と部品の金額とを記録紙に印字させる処埋回路3とを含むことを特徴とする事故車の修理費用計算装置(別紙図面参照)

3  審決の理由の要点

審決は、別添審決書写記載のとおり、

〈1〉  甲第15号証(審判甲第5号証)の操作説明書が本件特許出願前に頒布されたものであるとする原告の主張は、認めることができないから、本件発明が同証記載の発明と同一か、あるいは、同証記載の発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたか否かを検討する必要を認めない

〈2〉  甲第11号証(審判甲第1号証)には、本件発明の「自動車の複数の各車種毎に、(データ)をストアする記録媒体1と、入力手段6によって選択して入力された1つの損傷範囲の複数の部位を表示手段4に表示させ、入力手段6によって選択して入力された部位における複数の作業項目を表示手段4に表示させ(る)」の構成は、何ら記載されていないとともに、示唆する記載があるとも認められないから、本件発明は、同証記載の発明と同一ではないとともに、同証記載の発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものとも認めることはできない

とした。

4  審決の取消事由

審決の理由Ⅰ(手続の経緯・本件発明の要旨)、Ⅱ(当事者の主張)は認める。同Ⅲ(甲第11号証(審判甲第1号証)、甲第15号証(審判甲第5号証)の記載事項)は認める。ただし、甲第15号証(審判甲第5号証)には本件特許公報の第6図及び第8図~第20図と対応する図だけではなく、第21図と対応する図の記載もある。同Ⅳ(当審の判断)(1)は認め、(2)のⅰ)のうち、甲第15号証(審判甲第5号証)の操作説明書が、本件特許の権利者井上勲が代表取締役である株式会社リペアテック出版の発行になるものであるとの認定は認め、その余は争い、同ⅱ)のうち、甲第11号証(審判甲第1号証)に本件発明の構成の記載ないし構成を示唆する記載があるとの認定(別添審決書写14頁1行目から16頁9行目まで)は認め、その余は争う。

審決は、甲第15号証の操作説明書(以下「引用例」という。)が本件特許出願前に頒布されたものであると認めることができないとして、引用例記載の発明との対比における本件発明の同一性及び容易性を検討してない。しかし、引用例は、以下のとおり、本件特許出願前に頒布されたものであり、審決は、事実を誤認したものであって、違法であるから、取り消されるべきである。

(1)引用例は、株式会社ビーエスアールという名称の会社により発行及び頒布されたものである。一方、甲第18号証の株式会社リペアテック出版(旧商号株式会社ビーエスアール)の商業登記簿謄本には、株式会社ビーエスアールが、本件特許出願日である平成元年8月12日以前である平成元年2月13日に、その商号を株式会社リペアテック出版に変更した事実が示されている。したがって、引用例は、株式会社ビーエスアールがその商号を変更する以前に発行されたものである。よって、引用例が、遅くとも本件特許出願日(平成元年8月12日)より前の商号変更日である平成元年2月13日より前に発行されたことは明らかである。

(2)また、引用例は、「Ver2.x操作説明書」であり、見積り博士のVer2シリーズの共通の操作説明書である。すなわち、技術内容の変更(バージョンアップ)が行われても、本件操作説明書が共通に使用され、Ver2シリーズの中で技術内容の変更(バージョンアップ)があった場合は、引用例の記載を変更するのではなく、「追補版」の新たな操作説明書を引用例に追補することによって対応がされている。例えば、消費税対応バージョン【Ver2.2】について、引用例の追補版が発行されている(甲第7号証)。

この点審決は、(引用例は)見積り博士のVer2.x、即ち、2.x版になるものであって、版の相違によって見積り博士の技術内容にも相違があることが認められるが、甲第16号証(審判甲第6号証)、甲第17号証(審判甲第7号証)、甲第19ないし第22号証(審判甲第9ないし第12号証)にはどの版に相当するかの記載がないから、上記各証拠によっては引用例が本件特許の出願前に頒布されたものであることが明らかでないと認定している。しかし、版の相違によって見積り博士の技術内容に相違があるとしても、本件操作説明書が共通に使用されていたことが認められるのであるから、上記各証拠にどの版に相当するかの記載がないとしても、上記各証拠(いずれも本件特許出願前のものである。)が示す「見積り博士CD-1」に関しては、引用例が共通に使用されていたのであるから、引用例は、本件特許出願前に頒布されたものである。

(3)さらに、上記甲第7号証は、消費税に関する仕様の説明書であるところ、消費税法は、消費税法附則第1条に規定されるように、適用日を平成元年4月1日としている。したがって、消費税対応バージョン【Ver2.2】の追補版が頒布されたのは、前記適用日の相当以前であり、遅くとも平成元年4月1日以前であることは明らかである。そうであるとすれば、引用例は、当然、追補版の頒布以前に頒布されたものであるから、この点からも、引用例が本件特許出願日以前に頒布されたものであることが明らかである。

第3  請求の原因に対する認否及び被告の主張

1  請求の原因1ないし3は認める。同4は争う。

2  被告の主張

(1)引用例は、上記のとおり被告が事故車の修理費用計算装置「見積り博士」を購入した顧客に対して交付している操作説明書であり、その性質上、不特定多数の者に対して公開、閲覧させることを目的として作成された文書には当たらない。よって、引用例は特許法29条1項3号にいう「刊行物」には当たらない。

(2)引用例の作成時期は、昭和63年11月から平成元年初頭である。しかし、引用例は、一般の出版物のように一定時期を限って発行しているものではないから、刊行の時期を特定することはできない。

第4  証拠

証拠関係は、本件記録中の書証目録記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

第1  請求の原因1ないし3の各事実は当事者間に争いがない。

第2  審決の取消事由について判断する。

1  成立に争いのない甲第15、第18、第22号証及び弁論の全趣旨によれば、引用例は、被告が代表取締役である株式会社リペアテック出版(変更前の商号は株式会社ビーエスアール、以下「訴外会社」という。)が、その販売している事故車の修理費用計算装置「見積り博士CD-1」を購入した顧客に対して交付している操作説明書であることが認められるから、引用例は、特許法29条1項3号にいう「刊行物」である。

この点に関し、被告は、引用例が不特定多数の者に対して公開、閲覧させることを目的として作成された文書には当たらないと主張する。しかし、前掲甲第15、第22号証及び成立に争いのない甲第19号証によれば、訴外会社は、商業的に上記「見積り博士CD-1」を販売しており、一般公衆もこれを購入して引用例の頒布を受けることができる上、守秘義務を負うこともないと認められるから、引用例は頒布により公開することを目的として複製されたものであって、刊行物たる性質を有するというべきである。したがって、被告の上記主張は理由がない。

2  引用例の頒布時期について検討する。

(1)弁論の全趣旨によれば、引用例の作成時期は、昭和63年11月から平成元年初頭であることが認められる。そして、引用例が、訴外会社の商品である「見積り博士CD-1」の操作説明書であることからすれば、作成された直後、すなわち、本件特許出願日の前である平成元年初頭までには、上記「見積り博士CD-1」とともに顧客に頒布されたということが容易に推認される。

(2)前掲甲第15、第18号証によれば、引用例は「株式会社ビーエスアール」が発行した体裁となっていること及び訴外会社は、平成元年2月13日その商号を株式会社ビーエスアールから株式会社リペアテック出版に変更したことが認められる。そして、頒布時の商号を記載していない操作説明書を顧客に頒布することは考えられない(商号変更後に頒布する場合には、折角変更した商号を顧客に知ってもらうために、商号の変更を記載するなり、シールを貼って商号の部分を変更するなり、何らかの方法を講じるはずであるが、引用例にはそのような形跡は全くない。)から、引用例は、本件特許出願日の前である平成元年2月13日よりも更に前に頒布されたと認めることができる。

(3)前掲甲第15号証及び成立に争いのない甲第7号証によれば、引用例は、「見積り博士CD-1」のVer2.0以降のシリーズの共通の操作説明書であるが、消費税に対応した記載がないこと及び見積り博士CD-1の消費税対応バージョンはVer2.2であって、操作説明書も同バージョンに対応して引用例の追補版が発行されていることが認められ、以上の事実によれば、引用例は、本件特許出願日の前である消費税法の施行日の平成元年4月1日よりも更に前に頒布されたものであることが認められる。なお、甲第7号証は、審決において証拠として提出されていないが、そのことは、同証を引用例の頒布日を認定するための証拠とするについて何ら妨げとなるものではない。

(4)以上のとおりであるから、引用例が日本国内で頒布された時期が、本件特許出願前であることは明らかである。

3  以上のとおり、引用例は、本件特許出願前に日本国内において頒布された刊行物である。したがって、審決は、上記の点に関する事実の認定を誤ったものであり、この誤りが、本件発明が引用例記載の発明と同一か、あるいは、引用例記載の発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたか否かを検討しなかった審決の結論に影響を及ぼすことは明らかであるから、審決は違法として取消しを免れない。

第3  結論

よって、原告の本訴請求は理由があるから認容し、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり判決する。

(口頭弁論終結の日・平成10年2月10日)

(裁判長裁判官 竹田稔 裁判官 持本健司 裁判官 山田知司)

図面

〈省略〉

1……記録媒体 2……読取手段 3……処理回路 4……表示手段

5……印字手段 6……入力手段 7……フロッピデイスク

8……書込み/読出し手段

平成7年審判第17313号

審決

東京都江東区亀戸2丁目25番14号

請求人 翼システム 株式会社

東京都中央区東日本橋3丁目4番10号 ヨコヤマビル6階 秀英国際特許事務所

代理人弁理士 遠山勉

東京都中央区東日本橋3丁目4番10号 ヨコヤマビル6階 秀英国際特許事務所

代理人弁理士 松倉秀実

東京都中央区東日本橋3丁目4番10号 ヨコヤマビル6階 秀英国際特許事務所

代理人弁理士 永田量

東京都中央区東日本橋3丁目4番10号 ヨコヤマビル6階 秀英国際特許事務所

代理人弁理士 川口嘉之

兵庫県西宮市大井手町8番12号

被請求人 井上勲

大阪府大阪市中央区備後町3丁目2番6号 敷島ビル6階 西教特許事務所

代理人弁理士 西教圭一郎

大阪府大阪市中央区備後町3丁目2番6号 敷島ビル6階 西教特許事務所

代理人弁理士 廣瀬峰太郎

大阪府大阪市中央区備後町3丁目2番6号 敷島ビル6階 西教特許事務所

代理人弁理士 竹内三喜夫

上記当事者間の特許第1920800号発明「事故車の修理費用計算装置」の特許無効審判事件について、次のとおり審決する。

結論

本件審判の請求は、成り立たない。

審判費用は、請求人の負担とする。

理由

Ⅰ.手続の経緯・本件発明の要旨

本件特許第1920800号発明は、平成1年8月12日に特許出願され、平成6年6月22日に出願公告(特公平6-48199号)がされた後、平成7年4月7日にその特許の設定登録がされたものであって、その発明の要旨は、出願公告された明細書及び図面の記載からみて、その特許請求の範囲に記載されたとおりの、

「(a)記録媒体1であって、自動車の複数の各車種毎に、前部損傷の複数段階に分けられた各損傷範囲および後部損傷の複数段階に分けられた各損傷範囲に属する修理作業を実行する際に必要となる対象となり得る複数の部位と、各部位に属する複数の作業項目と、各作業項目毎の作業指数と、各作業項目に属する部品の外形を示すイラスト図面と、そのイラスト図面で表される部品のコード番号と、コード番号に対応した部品名称と、各部品の金額とをストアする記録媒体1と、

(b)記録媒体1のストア内容を読取る読取手段2と、

(c)表示手段4と、

(d)記録紙に印字する印字手段5と、

(e)入力手段6と、

(f)処理回路3であって、読取手段2の出力と入力手段6の出力とに応答し、入力手段6によって選択して入力された車種の修理すべき損傷範囲を表示手段4に表示させ、入力手段6によって選択して入力された1つの損傷範囲の複数の部位を表示手段4に表示させ、入力手段6によって選択して入力された部位における複数の作業項目を表示手段4に表示させ、入力手段6によって選択して入力された作業項目に属する部品の外形を示すイラスト図面と、そのイラスト図面で表される部品を識別するコード番号と、コード番号に対応した部品名称とを表示手段4に表示させるとともに、前記選択して入力された作業項目毎の作業指数と予め設定された作業指数の単位に対応する金額との積を算出して作業項目毎の金額を求め、その算出された作業項目毎の作業指数または作業金額と、選択して入力された各部品の金額とを、表示手段4によって表示させるとともに、印字手段5によって、算出された作業項目毎の作業金額と、選択して入力された部品名称と部品の金額とを記録紙に印字させる処理回路3とを含むことを特徴とする事故車の修理費用計算装置。」(以下、本件特許発明という)に、あるものと認める。

Ⅱ.当事者の主張

(1)請求人の主張

請求人の主張の概要は、平成7年11月2日付け手続補正書になる平成7年8月11日付け審判請求書及び平成8年5月20日付け審判事件弁駁書で下記甲第1号証~甲第12号証を提出して、本件発明は、本件特許の出願前に頒布された刊行物である、甲第1号証あるいは甲第5号証に記載された発明と同一であるため、特許法第29条第1項第3号の規定により特許を受けることができないものであるか、甲第1号証あるいは甲第5号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものである(以下、無効理由2という)ので、特許法第123条第1項第1号の規定により無効とすべきである旨主張するとともに、同審判事件弁駁書において甲第3号証及び甲第4号証を提出して、請求人適格を有しないとする被請求人の主張に反論するものである。

甲第1号証

「AUTO SERVICE SHOW、自動車機械工具ガイドブック’89~’90」、社団法人日本自動車機械工具協会監修、平成元年5月25日、株式会社日刊自動車新聞社発行、表紙、請求人が「第452頁」と称する2枚目の頁(以下「第452頁」という)、第519頁、奥付け

甲第2号証

特公平6-48199号公報(本件特許の公告公報)

甲第3号証

請求人の登記簿謄本

甲第4号証

請求人が製造販売する自動車整備業システムのカタログ

甲第5号証

株式会社ビーエスアールのCD-ROM事故車見積りシステム、「見積り博士」操作説明書、Ver2.x

甲第6号証

オリエント・リース株式会社のセヤジドウシャバンキンコウギョウに対する「ミツモリハカセシステム、モデル2」の契約日1989、3、10の日付けのあるリース料支払予定表

甲第7号証

申込者が有限会社瀬谷自動車板金工業であるオリエント・リース株式会社の申込日欄に記載のない「見積り博士」のリース契約申込書

甲第8号証

株式会社リペアテックの登記簿謄本

甲第9号証

株式会社ビーエスァールの「見積り博士・CD-1」の保守契約に関する昭和63年7月の日付けのあるパンフレット「保守サービスのご案内」

甲第10号証

上記パンフレットを再送付する際の昭和63年10月5日の日付けのある文書

甲第11号証

発行者名のない「見積り博士CD-1」の1988.10.29の日付けのあるスイッチー覧

甲第12号証

「見積り博士CD-1」に関する記載のある「日刊自動車新聞」、平成元年5月24日発行、第10頁及び第11頁

2)被請求人の主張

被請求人の主張の概要は、平成8年1月31日付け審判事件答弁書で下記乙第1号証及び乙第2号証を提出して、特許無効審判を請求することができる者は、その特許について利害関係を有さなければならないが、本件請求人は、利害関係人に該当しないから、請求人適格を有せず、本件無効審判の請求は却下するとの審決を求めるの主張をするとともに、また、仮に請求人が適格であったとしても、本件特許は、甲第1号証に記載された発明と同一でなく、また、甲第1号証に基づいて当業者が容易に発明できたものではない旨主張するものである。

乙第1号証

吉藤幸朔著、特許法概説、第10版、1994年12月10日、株式会社有斐閣発行、第510頁~第511頁

乙第2号証

特許庁審判部編、工業所有権・審判便覧、社団法人発明協会発行、31-02利害関係(平成5年3月31日改訂)

Ⅲ.甲1号証、甲第5号証の記載事項

甲第1号証

第452頁には、株式会社リペアテック出版(旧社名:ビーエスアール)のコンピューター事故車見積りシステムに関する「見積り博士、CD-1」の公告記事が掲載してあり、その上部には、記録媒体1(請求人提出のコピーに付した符号及び図番、以下、同様)と、記録媒体1のストア内容を読取る読取手段2と、表示手段4と、記録紙に印字する印字手段5と、入力手段6と、処理回路3の表示された写真が記載され、また、その下部には、本件特許の公告公報の第6図、第10図、第16図(1)、同(2)と対応する図1~図4(一部箇所の省略された相違部分あり)の記載があり、さらに、同下部には、「操作するキーは全部画面に指示されますので、パソコン・ワープロ経験のない方にも安心して使っていただけます。」、「ゲーム感覚で工賃と部品を選択していけば、見積り経験のない方にも立派な見積書が作成できます。」、「部品イラストを画面で確かめられるのは『見積り博士CD-1』だけ」等の「特徴1~5」及び※印追記「損保協定作業指数、部品イラスト、部品価格、塗装指数、材料費はCD-ROM(2枚セット・年2回発行)にすべて収録されています。」の記載がある。また、第519頁の出品者リストの株式会社リペアテック出版の欄には、代表者名:井上勲、取扱い品目:事故車見積りコンピュータシステム「見積り博士CD-1」、事故車修理に関する鈑金・塗装の刀刊誌の発行及び関連技術図書の出版、主な出品品目:事故車見積りコンピュータシステム「見積り博士CD-1」等の記事がある。

甲第5号証

第3頁上段には、CD-ROM事故車見積りシステム、見積り博士CD-1、Ver2.x、操作説明書のタイトルの記載があり、同下段には、「この操作説明書はVer2.0以降のモデルⅠ(見積り専用タイプ)とモデルⅡ(顧客/車両管理ソフト付)に共通の内容となっています。」の注意書きの記載があり、その最下部には、BSRⅠ&Ⅱ-1188-2.0の記載がある。また、第5頁の注意事項5.には、『「見積り博士CD-1」を使用することにより発生した損害に対して、株式会社ビーエスアールおよび「見積り博士CD-1」の販売者は、いかなる責も負いません。』の記載がある。さらに、『基本操作編、第2章/「見積り書」の作成』以降のページには、本件特許公報の第6図及び第8図~第20図と対応する図の記載がある。

Ⅳ.当審の判断

(1)請求人適格について

本件請求人が提出した、甲第3号証及び甲第4号証を検討すれば、本件請求人は、〈1〉コンピュータ、オフイスオートメーション機器の販売及び賃貸業、〈2〉コンピューターのソフトウエアの開発、販売及び賃貸業等を事業目的とする法人であって、現在、自動車整備販売システムの開発、販売をしていることが伺われ、業務の性質上本件特許発明を実施する可能性を有するものであることは、明らかである。したがって、本件請求人は、被請求人である本件特許権者と利害関係を有すると認めるから、請求人適格を有しないとする被請求人の上記主張は採用しない。

(2)無効理由1及び2について

ⅰ)先ず、本件請求人が、審判事件弁駁書で新たに提示し、本件特許の構成が全て記載されており、かつ、本件特許の出願前に頒布されたことが甲第6号証~甲第12号証から明らかであると主張する、甲第5号証に関して検討する。

甲第5号証の操作説明書は、本件特許の権利者・井上勲が代表取締役である株式会社リペアテック出版の発行になるものであることが甲第8号証によって認められると共に、見積り博士のVer2.x、即ち、2.x版になるものであって、版の相違によって見積り博士の技術内容にも相違があることが、タイトル下段の注意書き「この操作説明書はVer2.0以降のモデルⅠ(見積り専用タイプ)とモデルⅡ(顧客/車両管理ソフト付)に共通の内容となっています。」の記載から認められる。それに対し、甲第6号証と甲第7号証の「リース料支払予定表」と「リース契約申込書」には、リース対象の見積り博士がどの版に相当するものかの記載はない。また、同様に、甲第9号証~甲第11号証の「保守サービスのご案内」、「保守契約案内」、「スイッチー覧」にも、それぞれが対象とする見積り博士がどの版に相当するものかの記載はない。さらに、甲第12号証に記載の記事にも、その見積り博士が、どの版に相当するものかの記載はない。しかも、甲第5号証には、発行所、発行口等の記載のある頁も存在しない。

そうしてみると、上記甲第6号証、甲第7号証及び甲第9号証~甲第12号証のものが対象とする見積り博士と甲第5号証の操作説明書の見積り博士とが技術内容において一致しているかどうかは明らかでないから、上記各証拠方法によって甲第5号証の操作説明書が本件特許の出願前に頒布されたことを明らかにできるとは認められない。

したがって、上記甲第6号証~甲第12号証の証拠方法に基づいて、甲第5号証の操作説明書が本件特許の出願前に頒布されたものであるとする請求人の主張は、認めることができない。

よって、甲第5号証の操作説明書が、本件発明の出願前に頒布されたことが明らかでない以上、本件発明が甲第5号証に記載の発明と同一であるか、あるいは、同号証に記載の発明から当業者が容易に発明をすることができたか否かを検討する必要を認めない。

ⅱ)次に、本件発明と上記甲第1号証記載の発明とを比較検討する。

上記のように、甲第1号証には、記録媒体1と、記録媒体1のストア内容を読取る読取手段2と、表示手段4と、記録紙に印字する印字手段5と、入力手段6と、処理回路3が(以下、ハードウエアという)記載されており、また、同号証に記載の発明が上記ハードウエアを備えたコンピユーダー事故車見積りシステムであることを勘案すると、同号証の図1にはフロントとリアのダメージタイプを表示して選択する態様が記載されているから、同図には、前部損傷の複数段階に分けられた各損傷範囲および後部損傷の複数段階に分けられた各損傷範囲が記録媒体1にストアされるていること、及び、読取手段2の出力と入力手段6の出力とに応答し、入力手段6によって選択して入力された修理すべき損傷範囲を表示手段4に表示させる処理回路3を示唆する記載があると認める。また同様に、図2には、フロントフェンダーに属する部品の外形を示すイラスト図面と、そのイラスト図面で表される部品のコード番号と、コード番号に対応した部品名称とを表示し、取替、板金部品を該表示画面で選択する態様が記載されているから、同図には、作業業項目に属する部品の外形を示すイラスト図面と、そのイラスト図面で表される部品のコード番号と、コード番号に対応した部品名称とが記録媒体1にストアされていること、及び、入力手段6によって選択して入力された作業項目に属する部品の外形を示すイラスト図面と、そのイラスト図面で表される部品を識別するコード番号と、コード番号に対応した部品名称とを表示手段4に表示させる処理回路3を示唆する記載があると認める。また同様に、図4には、各損傷範囲に属する修理作業を実行する際に必要となる対象となり得る複数の部位と、各部位に属する複数の作業項目と、各作業項目毎の作業指数と、各部位に属する複数の部品と、各部品の金額を明細とする修理技術料/部品代明細を表示することが記載されているから、同図には、各部位に属する複数の作業項目と、各作業項目毎の作業指数と、各部品の金額とを記録媒体1にストアすること、及び、選択して入力された作業項目毎の作業指数と予め設定された作業指数の単位に対応する金額との積を算出して作業項目毎の金額を求め、その算出された作業項目毎の作業指数または作業金額と、選択して入力された各部品の金額とを、表示手段4によって表示させるとともに、印字手段5によって、算出された作業項目毎の作業金額と、選択して入力された部品名称と部品の金額とを記録紙に印字させる処理回路3を示唆する記載があると認める。

しかしながら、甲第1号証には、本件発明の「自動車の複数の各車種毎に、(データ)をストアする記録媒体1と、入力手段6によって選択して入力された1つの損傷範囲の複数の部位を表示手段4に表示させ、入力手段6によって選択して入力された部位における複数の作業項目を表示手段4に表示させ(る)」の構成は、何ら記載されていないとともに、示唆する記載があるとも認められない。

ちなみに、上記構成に関して、図4には、部位に属する作業項目を印字することが記載されているが、同記載が、1つの損傷範囲の複数の部位を表示手段に表示させ、選択して入力された部位における複数の作業項目を表示手段に表示させることまで示唆しているとは認められない。

そして、本件発明は、甲第1号証に記載のない上記「」内の構成を本件発明の主要な構成要件として具備することにより、入力手段6によって車種を選択し、その後に事故車の前部損傷および後部損傷の大、中、および小などのように、その損傷範囲の1つを選択することによって、修理すべき複数の部位を表示して、希望する部位を選択するようにしたので、部品点数が、その損傷範囲に応じて表示されることになり、部品の見落としを防ぐことができる。また、その損傷範囲が小さいときには、表示される部位の数を小さくして、不必要に多数の部位が表示されることを防ぎ、これによって作業項目および部品の選択を、特にその損傷範囲が小さいときに、見落としなく、しかも容易に行うことができる。さらに本発明によれば、新しい車種の自動車が販売されたとき、および毎年改訂される部品の価格変動時などには、記録媒体1を交換するだけで、即座に対応することができ、その他の構成要素はそのまま使用することができ、都合がよい、という上記甲第1号証記載の発明からは予測することのできない本件特許の明細書記載の効果を奏することが認められる。

したがって、本件発明は、甲第1号証に記載された発明と同一ではないとともに、同号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものとも認めることはできない。

Ⅴ.むすび

以上のとおりであるから、請求人の主張する理由及び提出した証拠方法によっては、本件発明の特許を無効とすることはできない。

よって、結論のとおり審決する。

平成8年9月6日

審判長 審判官 木村良雄

審判官 師田忍

審判官 下中良之

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